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半覚才

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そろそろ、真剣に未来を語ろう

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原発事故の事故調査、原因究明、反省は、しっかりとやってもらいたいが、それは恐らく今後何年も続けて行かなければ、真実も責任の所在も見えてこない。
責任の所在がはっきりしなければ、当然ながら責任を取る人も出てこないが、それを待つだけでは、将来あるべき姿としての目標も見えてこないだろう。

事故による健康への被害を始め、環境、その他さまざまな影響も、これから数年もしくは数十年かけてじわじわと出てくるだろうし、それと事故との因果関係を認めるには、さらに長い年月を要することになるはずだ。

我々の希望の中に思い描く未来の姿は、そういう作業と並行してデッサンと色付けをして行かなければ、いつまで経っても机上の空論の域を出ないだろう。
絵画は、人をして空想を引き出し、現実へと具象化させ、誘う乗り物にもなりうるのだ。

多くの今の政治家の口から吐き出される言葉は、虚言にしか過ぎないことを強く認識しなければならない。

虚言は、いくら言い募っても真実にはならないし、事実にさえ成りえない。
同様に、事実をいくら積み重ねても真実になる訳ではない。
それは、「国民のため」は「自分のため」を誤魔化すための隠れ蓑にしか過ぎないということだ。

だいたい、政治家や官僚や大企業のトップには、国民の本当の姿は見えていないし、そんな人が言う「国民のため」というのは、何を言っているのかさえ分からない。
江戸時代のバカ殿様やバカ役人とどこが違うと言うのだろうか。

トップにそれが分かる賢い人物が居ないならば、代々約束された役職についている人以外の、下級武士のような人や一般庶民の人たちが、それを描いて示していかなければ改革は成らない。

私たち、そしてあなたたちの出番ではないだろうか?
今の自分たちの姿と、未来の理想的な姿を明確にして、一つ一つ提案してみよう。




3氏共闘政権批判、支持者は困惑 「かつての期待どこに…」
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/07/20120730t11019.htm
いまだに民主党に留まって反対を唱える人の、気持ちも考えも分からない。
比例制度がある限り、個人の政治家に投票することは、その所属する政党にも利することになるのだ。

訴えようとすることが一緒なら、民主党とははっきりと袂を別って連携しなければ国民には分かりにくく、選挙では勝てないだろう。

元々、国民の気持ちに目を向けないで勝手に泳ぎ回る、雑魚ばかりの烏合の衆政党だったことが失敗の元であったことを反省すべきだ。



「増税実現ならばらまきOK」が財務省の本音。増税賛成の旗を振ったマスコミがいまさら批判しても所詮は"ポチの遠吠え"だ!
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33099
『野田佳彦政権はできる限り解散時期を遅らせたい。
内閣支持率も民主党支持率も低迷している中、解散を急げば、衆院での過半数割れは避けられない。
政権の座から滑り落ちるのは確実とみているからだ。
野田政権に反旗を翻して離党した元代表・小沢一郎率いる「国民の生活が第一」も増税には反対しているが、解散・総選挙を遅らせたいのはこちらも同じである。
選挙地盤が固まっていない新人、若手議員が多く、解散されてしまえば「再び永田町に戻ってこられない」と恐れている。
ここは自爆覚悟で解散を迫れば、主張に迫力が出てくるのに「生活」の議員からは、どうも歯切れのいいセリフが聞こえてこない。
背景には選挙に負けて議員バッジを失うより、時間を稼いだ方が得策という判断がある。』

国民そっちのけで選挙のことしか考えていない、という非難も分かるが、選挙に負けてしまえば、何を言ってもずべてが無に帰してしまい、政治に参加することもできなくなるのだから、まず選挙に勝つことを考えるのはやむを得ないだろう。

それでも非難する人たちは、その矛先に居る人たちには政権を担ってほしくないと考えている人たちなのだろう。
そう勘ぐられても仕方がない。



【民主党】まだ増える可能性も! 野田佳彦首相の資金管理団体、新たに14人分誤った職業記載
http://iyan.doorblog.jp/archives/12609055.html
収支報告書の虚偽記載か?、、、。
犯罪性の有無はともかく、国民の信頼はさらに弱まるだろう。
もしも、まだわずかでもそれが残っているとすれば、だが。



北九州で『がれきを焼却しても健康や環境への影響はない』などとする内容のプリントが小中学生に配られる
http://togetter.com/li/342192
これはほとんど犯罪だ。
こういうことをする自治体のトップや教育関係者は、子供たちの心を歪め、害悪をもたらすものだ。
為政者の行う犯罪の中でも最悪に分類される。
即刻、その地位を返上し、退場してもらわなければならない。

それを許している間は、本当の民主主義は埋没してしまう。



「首相のメンツ守れないか?」政府高官、尖閣購入で石原幹事長に打診
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120727/plc12072723500019-n1.htm
『政府高官が26日に石原幹事長を訪ね「知事と野田佳彦首相のメンツをつぶさずに尖閣を買い取れないか」と相談を持ち掛けてきたと説明。
「そんなことを言われても困る。
自分でできないから都知事の息子に会いに来るというのはひどい話だ」と強調した。』

政治も地に堕ちたものだ。
こんな連中のメンツが、いかほど大事なものなのか?



「辺野古以外も検討を」米議会が提出要請の報告書(12/07/27)


アメリカがこんな動きを見せているのに、当事者である日本は一体何をしてきたのか?
日本の政治家は政治というものを知らない単なる政治屋であって、自分たちの儲けのために政治を利用しているだけだろう。



自分なりの脱原発、官僚制度、社会保障制度、政治の在り方、などなどについて、思いつくごとに順次掲載していきたいと思っていますが、ぜひ、皆さんもそれぞれの考え方を表明していただきたいと思います。

ツイッターでの一言つぶやきでも構いません。
自由に公開し、議論し、みんなで絵を描き上げていきたいのです。
ネットで広く議論してより良いものを見つけ、造りだしていきましょう

正義や理想を、自分の頭の中だけで考えていても、国の姿として実現することはできません。
国民の総意でなければ、正義に近づくことはできないのです。


今日はまず、食料を中心に考えてみたいと思います。

ある原住民(俗にインディアンとも呼ばれている人々)の言葉として、「文明は我々から川や木の実を奪い、替りに貨幣を与えていった。やがてこの地から食料が無くなった時、人々は、貨幣は食べられないことを知るだろう」と言ったとか。

食べ物は本来、季節ごとの恵みであり、その季節に適したものであったのですが。
それを年中食べたいと言い、ビニールハウスで大量の水と燃料と農薬を使い、土地はどんどん痩せて、香り高くおいしい果物や野菜が育たなくなってしまいました。

それに対してさらに強く効果的な農薬を使い、遺伝子組み換え作物を育てろと言うのは、某モンスター農薬企業の利益のために農薬、医薬、農業の解放を要求するTPPなのです。

大量に消費するようになったエネルギーのために、原発が必要だと思わせ、治水と称して護岸工事やダム工事を進めて空気や水を汚し、環境を破壊して、魚の遡上を妨げ、サケやマス、アユ、うなぎなどの減少を引き起こしています。

食料の価格はさらに高騰し、裕福な家庭でしか買えない食品も増えつつあります。

日本人は古来、旬の食べ物を愛でて、食べ物の大切さを感じながら楽しんできたのに、今は、その食べ物の旬の季節すらわからなくなってしまいました。
そして薄れた味や香りを補うために、化学調味料を大量に使用するように仕向け、その結果、健康を損ない変調をもたらすことになったことも覆い隠そうとしています。

「ただちに健康への被害はない」と国民を騙しながら。

そうです。
それは事実を言っているにも関わらず、真実とは程遠いものなのです。

失われた新鮮な食べ物と、きれいな水や健康な土地は、簡単には元に戻りません。
上辺だけのまやかしのものであっても、これまで同様に食料を手に入れるためには、某モンスター企業の魔法の力に頼るしかなくなるのです。
やがてそれすらも入手困難になって、世界中の人々は何でも言いなりになって、高価な食料を手に入れるために奴隷のように働くことになるでしょう。

人は食糧なしに、水なしに生きて行けるでしょうか?
生きるために必要なものを大切にする生活に戻ろうとは思いませんか?

そういう生活を実践してこそ、心底から原発は要らないと言えるのであって、その言葉に否定しがたい重みが加わるのではないかと思っています。



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