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言葉を考える:学問は政治や社会の役に立つか?

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学者というのは多くの場合、自分の研究課題の中に埋没してしまい、周囲の雑多なことには目を向けない。
研究するという場面では、そのほうが効率よく成果を挙げられるだろうし特に問題はないと思うが、それを世の中のことにまで持ち出して当てはめようとすると大きな問題が発生するだろう。

世の中はそんなに単純な仕組みで動いてはいないのだ。
血のつながりや好き嫌い、主義や思想や宗教、さらには損得勘定や本能など、様々な要因が複雑に絡み合っているものだ。
それらを考慮せずに純粋な学問だけで全てを説明しようとするのは誤りだと思うのだ。

それは政治学だろうが、経済学だろうが、物理学、医学だろうが変わりはない。
それぞれの見地で、あるいは分野では、という但し書きを付けなければ反発されるだけで、正しい部分があったとしても全面的に無視されたり非難されたりするに違いない。

そもそも、学問を探究していくときには必ず一緒に学ばなければならない最低限のもの(例えば倫理や道徳のようなものか?)があるはずと思うが、日本だけかどうかは分からないが、それが欠けているように思うのだ。
小学校から大学まで、上を目指し、試験に合格するためだけの勉強しかしない環境では片輪の社会人にしかならないだろう。

今、日本の社会に出現している様々な歪みのようなものの要因はそこにあるのではないかと思っている。
そこに目を向けて何とかしなければ、政治も経済もすべてを含めて健全な社会、健全な民主主義には到達できないだろうと思う。


国会の場で言葉遊びをして日本語を貶めてはいけませんね。
そこには政治家としての責任も誠実も一切見出せません。



アーサー・ビナード講演会@板橋区立グリーンホール
http://blog.goo.ne.jp/luar_28/e/91fd0552ab8c1652fa2054be9e072df4
【抜粋】  10月28日日曜日、アーサー・ビナードさんの講演会に行ってきました。

この本だいすきの会板橋支部、結成25周年記念の講演会で、「トノサマガエルになる方法~ことばのむこうに広がる世界」というタイトルがついていました。・・・・・商店街の看板の話から「ことばめがね」を、自分がかけてきた「えいごめがね」ではなくて日本語を学ぶことで得た「にほんごめがね」にかけかえてみると、同じものをまた別の角度から観ることができたり、深く観たいがために掘り起こす努力をはじめてみたり、と、今までと違う自分が現れてくることがとてもおもしろいし、大切なこと・・・・・たとえば、花屋さんで売られている、オリヅルランという植物。
英語ではスパイダープラントというそうなんです。
蜘蛛の糸のように蔓を伸ばした先に、できてくる新しい葉っぱの形も蜘蛛にしか見えない・・・・・けれど、ひとたび、にほんごめがねを得て、スパイダープラントを観ると
折り鶴ランというなんとも華麗な名前がついているじゃあないですか。
それを知ってからは、今まで蜘蛛にしかみえなかった葉が折りヅルに見えてきた・・・・・この「めがね」は、英語から日本語、日本語から英語といった「ことば」だけでなく、音楽でも、絵でも、新しい本でも、新しいレンズとなり得る・・・・・要は違う視点を、自分の中に持ち興味や関心を広げていくということなのですね。

オタマジャクシ
 日本にきてから覚えたたくさんの日本語の中で、タンポポとともに、とても好きなことばがオタマジャクシなんだそうです。

オタマジャクシは、卵から孵化してすぐもオタマジャクシだし、後ろあしが生えてきてもオタマジャクシ、前あしがはえてきてもオタマジャクシ、4本あしがはえそろい、やがて尻尾が短くなっても、カエルになる瞬間までオタマジャクシ、というひとつの呼び名しか与えられていないのはおかしい、と感じ続け‥たとえば、最初の変化があったものはオタマジャクエル、次の変化がおこったものは、オタマジャカエル(?)※すいません、ちょっとうろ覚えです。
といったふうに、ことばを入れ替えていって、最後にトノサマガエルになるということばあそびなのでした。・・・・・ピカドン このピカドンのメガネを得たことで、今まで自分がいかに何も観てこなかったかという事実を知ることに・・・・・ピカドンの視点を得てから、原子力についての話にうつると、それまでとアーサー・ビナードさんのお顔があきらかに変わってきたことがわかりました。

とても力をこめて、今、私たちが知らなければいけないことを、具体的な数字を持って、次々と教えてくれ、そして、最後に、この「さがしています」(絵本)をはじめからおしまいまで、読んでくださいました。

本の存在と内容はうっすら知っていましたが、作者ご本人の声は、深く心にしみいりました。・・・・・

彼は日本人以上に繊細で豊かな感性で日本語を感じ取っているようです。
日本語は同じものを現わす言葉が多く、そのため表現力も豊かになりますが、そこから生まれる誤解も多くなります。

話し手と聞き手の両方が、同じレベルの何かを持たなければ正しく伝わらないのです。
それは学識のような知識ではないと思います。
日本人でありながら恥ずかしくなるほどの貧弱な言葉しか持たない自分を呪いますが、同じ土俵というか、同じ物差しというか、これ以上はどうか皆さんが想像して適切な言葉を見つけてください。

特に(「脱原発」のことを言うときのように)人から信頼されるような言い方をするというのは、発信する側だけの問題ではないのです。
あまりに遠くかけ離れた所でいくら叫んでも、相手の耳に(心に)、その言葉は届かないでしょう。
あるいは届いても誤解されるでしょう。



紅梅会の講演会を聴きに行く
柳田邦男さん

http://blogs.yahoo.co.jp/kenchan8959/31657549.html
【抜粋】 『2.5人称の視点でいのちを見る』
ジャン・ケレピッチの本を読んで、死には人称性があることを知りました。
それぞれの深い意味の違いに気づいた。
「私=1人称の死」
「あなた=二人称の死」
「彼・彼女=三人称の死」
医療者と患者を考えると、他人の三人称とは違い、人生にかかわる関係がある。
しかし感情移入しすぎると客観性が保てない。
冷たい専門家の視点ではなく専門性を保ちつつ、患者が自分なりの人生を選択し納得できる日々を送れるように寄り添う。
このキーワードとして「2.5人称の視点」を考えた。
さまざまな専門的職業人に共通の課題。

『かなしみこそ真の人生の始まり』
■少年のころに父や兄が亡くなり家庭が非常に貧しくなった。
ある意味で悲しい時代ですが、そのおかげで、大切なことに気づいた。
親のない子の気持ち、旅立つ者が残すべきもの・・・
■人間は喪失体験や厳しい局面にぶつかったりすることによって、心が耕され、成熟していく。
同時進行では気づかなくても、時間をおくと見えてくる。
■悲しい体験のポジティブな側面に日頃からもっと気づくことが生き直す力につながると考えている。 【「人生の贈りもの」朝日新聞夕刊(聞き手・河原理子編集委員)】



小沢一郎代表の姿が浮かぶ東祥三幹事長の代表質問に、衆院本会議場はヤジ1つ飛ばず静まり返った、なぜか?
http://bylines.news.yahoo.co.jp/eikenitagaki/20121101-00022256/
【抜粋】 ・・・・・真っ白な顎鬚がいまやトレード・マークになっている東祥三幹事長が、登壇するまでは、本会議は、ヤジや怒号が飛び交い、騒がしかった。それが、どういうわけか、東祥三幹事長が立つと、本会議は、シーンとして、すっかり静まり返り、ヤジ1つ飛んでこなかった。全議員が清聴しているのだ。
東祥三幹事長は、「野田総理は、マニフェストに書いていないことは、やらない。書いていることはやる。シロアリ退治もすると言っていたのに、マニフェストに書いていない消費税増税法を成立させ、マニフェストに書いていることはやっていない。シロアリ退治もしていない。これは民主党を支持した国民に対する裏切りだ。野田総理はウソつきであり、無責任だ」と口を極めて、咎めた。

これに対して、与野党いずれの席からも、ヤジは一切なし。
当の野田佳彦首相は、閣僚席で憔悴し切った表情。
神妙な顔で聞き入っていた。

東祥三幹事長は、国民の生活が第一が次期総選挙・参院議員選挙に向けて作成した「3つの緊急課題」に絞って、簡潔明瞭、整然と質問を展開した。
「3つの緊急課題」とは、
1. いのちを守る「原発ゼロ」。
「エネルギー政策の大転換」で、10年後を目途に全ての原発を廃止する。
そのために日本の省エネルギー技術と再生可能エネルギーの普及、効率の良い天然ガスコンバインドサイクル火力発電、さらにエネルギーの地産地消を強力に促進する。
それにより、原発立地地域をはじめ、地域経済の発展と雇用の拡大を実現する。
2.  生活を直撃する消費税増税は廃止。
デフレ不況下での消費税増税は、消費の冷え込み、とくに中小企業、農林漁業など弱い立場の人たちの暮らしを直撃するので、断固阻止・廃止する。
まずは、ムダづかいの多い特別会計、政府関係法人の廃止と、官僚の天下りの全面禁止を断行する。
増税に頼らずに予算のつくり方を根本から見直し、「国民の生活が第一」の財源を確保する。
金融・財政政策の積極的な展開により景気の回復を実現する。
3.  地域のことは地域で決める地域が主役の社会を。
東日本大震災の復輿の遅れに象徴されるように、中央が全てを決めて地方に押し付ける中央集権体制は、国民の声に応えられなくなっている。
行政の権限と財源は地方に大胆に移し、「地域が主役の社会」を実現する。
特に、国の補助金と政策経費(合計40兆円)を原則、自主財源として地方への交付対象とする。
それにより地域経済を活性化し、デフレ脱却を促進する。

もちろん、小沢一郎代表は、野党席の一番後列の席で、山岡賢次代表代行と並んで聞いていた。
この東祥三幹事長の質問を聞きながら、与野党各議員は、小沢一郎代表の声として聴いていたのであろう。
このため、ヤジ1つ飛ばせなかった。
だが、質問が終わると、議場から大きな拍手が送られていた。・・・・・

もう誰も「国民の生活が第一」党を抑え込むことも排除することも黙らせることもできなくなった。
正論を貫き、正しい道を歩み、国民の期待する方策を実行しようとしているからだ。
小手先のごまかしはすでに国民の前で通用しなくなっている。

過去の恨み辛みをいつまでも根に持ったり、個人的な好き嫌いだけで政策に聞く耳も持たない政党や代表者など、正に国民の声を無視した国民不在、自分よがりにすぎないのだ。




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